欠点を魅力にすりかえる。「人生は演劇だ」その2



ずいぶん前に書いた記事で「人生は演劇」みたいな話をしたんですけれども、
生きるのが難しい人にオススメ!「人生は演劇だ」

それが結構好評でたくさんのアクセスが集まっているので、ちょっと続編って言うか、

まあ本質的には違う話ではあるんですけれど、
ちょっと似たような話をもう一個しておこうと思って、
記事を作ってみようかなあなんて思ったりて今書いてるわけなんですよね。




その記事を書いたあとで思ったことは、
「人間の性格っていいとか悪いとかでスパッと割り切れるものでもないなー」ということなんです。


それは前から常々思っていたことではあるんですけれど、

例えばの話、「優柔不断なところが悪い」って言うのか、
「慎重なところがいい」って言うのか、


それって現象としては同じものを見てるのに受ける印象が違うんですね。
好印象にも悪印象にもなる。



まあ同じような話で、
「明るくていい」って思われるのか、
「うるさいやつ」と思われるのかっていうのは
けっこうそのデリケートな線引きと言うか、
際どいラインを攻めないといけない些細な違いしかないっていうところはありますよね。


そこでやっぱり人によって、「同じことを言っていてもなぜか好意的に解釈してもらえる人」っていうのがいるなって思って。

欠点と魅力ってものすごくすれすれの境目でかわってしまうんですよね。




要するに、同じこと言ってるのに良い印象になる人と悪い印象になる人がいて、それと演劇の話をちょっと絡めてやっていこうかなぁなんて思ってるわけです。





なぜか好意的に解釈してもらえる人の特徴はいくつかありますが、代表的なものを紹介しておきます。

もうあれですよ。皆さんお待ちかねの。
こんなこと言ったら身も蓋もないんですけれども、「見た目がかっこいい」とかですよ。



そういうところはちょっとありますよね。
絶対否定できない部分はあると思います。

前にハロー効果の話もちょっとしたんですけれども、
バイアスってなんだ!?~ド素人の僕と学ぶ心理学~


ハロー効果というのは「見た目がいい」みたいな一つの好印象で他の部分もいいような気がしてしまうっていうことです。

まあ顔がかっこいいとかはすごい分かりやすいですし、あとは何か凄い学歴があるとか、親がすげえ人とか。

そういう権威的なものっていうのがあることで同じこと言ってても説得力が増すとか、そういうことは学術的にも論じられています。

理不尽ではあるのですけど、やっぱりハロー効果的な側面っていうのは無視できない部分があります。




だからといって、「自分は顔が良くないからもう何やってもダメだ」みたいなそういうことではなくて、
「生まれ持ったものがないから無理なんだ」っていうことでもなくて、

どうやってそういう好印象をつけて行くのか、っていう話ではあるんですよね。




そこで「自己プロデュース能力」っていう話をしようかなと思いまして。

まあこれは自分で作った言葉なんですけれども、
自分の存在感であったりとか、
ブランド的価値って言ったら大げさかもしれないですけれど、
「この人はこういう人だ」っていうような、

自分が自分である値打ちみたいなことをもっと積極的につけていこうかなという話です。


これは前の記事でもいってるように、人生は演劇であり、その舞台を成功させるためには自分がその人生という舞台の役者でもあるし、監督でもあるし、マネージャーでもある。
兼任してしまう、みたいなことです。



役者だから実際に動く動作したりしゃべったりするのも自分だし、
監督・脚本家だからそのシナリオや台詞回しを決めるのも自分だし、
マネージャーだからその役者さんの売り出し方を考えるのも自分なんだ、
ってことなんですね。



そう考えると諦めムードというよりは「どうやるか」みたいな方法論的な思考になってくると思います。
「自分はこういう人間です」、「こういう役者です」ということをきっちりと作っていって、
それをしっかり自分の中に落とし込んで役作りをしていこうって。



まあ学校なら学校、会社なら会社でいいですし、そこは人それぞれとは思いますけど、

その舞台、限られた空間、限られた時間、
その中でお芝居を成功させるために自分は何をしたらいいのか。
よりリアルに役作りをするために何をしたらいいのか。
こういう役が回ってくるにはどういう能力を付けたらいいのか。
そもそもシナリオごと変えてしまいたいのか。


まあ何かやりたい役があるんならの話なんですけれども。
自分が作る舞台をどうするべきか、どうしたいかということを具体的に考えるべきなんですよね。


ちょっと話は変わるんですけれども、SNS疲れの話も以前書きました。
SNS疲れする人ってのはもしかしたら役になりきれてないんじゃないかなって今書きながら思いまして。


これって要は、自分が本当に思ってることとSNSで発信することが違うから疲れるわけで、もっとその自分のなりたい人格を自分の中に落とし込んで、それが勝手にSNSに出ちゃうぐらいにしてしまえば疲れることはないのかななんて思ったりして。


だからSNS疲れする人に何かアドバイスすることがあるとしたら、
一つは「自分が本当に思ってる事と違う事をSNSで言うな」っていう、まあありきたりなことです。




もう一つはもっと真剣にその役になりきれ!っていう話ですね。

認知的不協和の話とかもしたことがあるんですけれども、思ってることとやってることが違うから気持ち悪いわけで、思ってることかやってることかどっちかを変えれば認知的な整合性は保てるので。
言葉は現実になる。認知的不協和を利用して自分を変えよう


本当に思ってることを発信するか、本当にそう思うかのどちらかをしないといけないですね。


まあこの記事の主題からすれば、もっと真剣に演じきってみようよっていう話ではあるんですね。
もっとパリピならパリピ、意識高いなら意識高いで別にいいんですけれども、
本当にそう思ってしまうぐらいに役作りや脚本作りを真剣にやれば、それはそれで自分の存在感と言うか自分のブランドになっていくと思うので、その方が気持ち的には楽になると思います。

そうすれば欠点も魅力になっていくと言うか、
パリピなところがうざいって思われるのよりも パリピなところがいいって思われるようになる、
意識高いところがうざいって思われるより意識高いところがいいって思われる。


そういう自分の中のブランドを作っていくと欠点だと思ってたことが意外と魅力になってくるんじゃないかっていう話でした。

本当にパリピになるかどうかは自己責任でお願いします。
「好きな人にフラれた!」とか怒鳴り込まれても責任取れないので…




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