「勤務時間中にタバコ休憩があるのはずるい」←わかる



最近すごい考えてることがあって、「タバコ休憩を何回も行くのはずるい」みたいなそういう話ってありますよね?

吸わない人はちゃんと休憩時間に休憩してるのに、タバコ吸う人は休憩時間以外の休憩時間があるのはおかしいっていう。

そういう意見がにあるじゃないですか。これめちゃめちゃ真っ当な意見ですよね。



だってシンプルに休憩時間の量が違うから不公平ですし、何でお前だけいっぱい休憩できるの?みたいな、

それは一理どころか百理くらいあると思うんですよ。
めちゃめちゃよくわかります。


うちの会社にもいるんですよ、そういう上司が。
何回も休憩行く人が。
「お前どんだけ休むねん」、みたいなね。

「しかも普通の休憩時間もあるんかい」っていう。

この不公平感はめちゃめちゃあって、それはよくないなって話なんです。





《他にもっと悪いことはないか?》

ただね、「こういうのよくないよね!バイバイ!」っていうのは思春期おじさんらしくないですよ。


ここでひとつ言っておきたいことがあって、じゃあ「休憩せずにずっと仕事してる人は本当にずっと集中してるのか」っていうのはちょっと疑問ではあるんですよね。


だってまあ、例えばデスクワークの人とかでも、座ってる間ずっと集中してるなんてことってなかなかないと思いませんか?

それって逆に難しくって、確かにこう2時間、3時間机に座ってることはできるのかもしれないですけれど、
その2時間3時間の間「ずっと集中してるか」と言われたらちょっとそれは疑問と言うか 、ほぼ不可能ですよね。





《例えばの話》

これはあくまで可能性ベースの話なので何か具体例があるわけじゃないんですけど、
もしかしたら例えば1時間のうちの55分は超人的に集中して5分タバコ吸ってる人っていうのがいるのだとすれば、それはそんなに悪いことじゃないですよね?


むしろ良い働き方だと思うんですよ。
自分の働き方をよくわかってる、できる人ですよね。

もちろんここで何回も休憩に行ってるっていうのは間違いないんですけれども、

じゃあ仕事してるポーズだけしていて本当は仕事してない人はずるくないのかと言われたら、それはちょっと返事に困るみたいなところはあるじゃないですか。


ここで挙げている例は極端ではあるんですけれども、似たようなことは日本中のあちこちで起こっていますよね?




《問題はそんなに単純じゃない》

だから、何回も休憩してるからダメという理屈はちょっと短絡的なんじゃないかなという気はしてて、
それを言い出したら他にももっと叩けるところがあるんじゃないかっていう話なんですよ。





《学校でも同じこと》

ちょっとその話に関連して思い出したことなんですけれど、
例えば学校とかでも「授業に出席しなければいけない」みたいな、そういう面があるじゃないですか?

これもまあ可能性ベースの話なんですけど、もしかした授業に出席してるやつは一応その席には座っているけれども全然勉強集中してないかもしれないし、よく欠席するやつが家ではめちゃめちゃ真面目に勉強しているっていう可能性もなくはないわけですよね?

だからいっぱい出席してたら偉いかって言うとそういうことではないだろうと、って僕なんかは思ってるんですね。





《何を以って判断するのか》

結局何が言いたいかって言うと、その評価は一体「何を測っているのか」っていうところなんです。

例えば偉い人の言うことを従順に聞く試験とか、個性を殺して役割に徹する試験とかだったら、指示通りじっと座ってた時間っていうのを測ればいいんですよ。

「途中で逃げ出さず何時間も座ってられる人間が優勝」みたいな感じでやったらいいと思うんです。

けれど、もし「学習の効果」とか「学力がどれくらいある」とか、「どんな発想ができるか」とか、そういうことを計りたいんであれば、出席回数で測っても意味ないんじゃないかっていうことを言いたいんですよ。
意味ないですよね。





《冒頭の話に戻って》

またタバコ休憩の話に戻るんですけれど、その「タバコ休憩に行って離席したからダメなんだよ」じゃなくて、
「君が離席してる間にみんなこんなに仕事してるよ 」ということを言った方が、叱責の仕方として意味があると思うんですよね。

単に5分間席を離れたからじゃなくて、5分間席を離れたことによってこれだけ仕事の能率が下がってるんだっていうことを言った方が意味があると思います。




《まとめ》

今日何が言いたかったかって言うと、いったいその指標は何を測ってるんだっていう話で、仕事の能率の話をしてるのか、ルールを守る従順さの話をしてるのか、
そこによって使う指標とか単位とかも変わってくるだろうし、怒り方や叱り方も変わってくるだろうっていう話なんですね。

仕事と学校の例を出しましたが、あらゆる場面で「その指標で何を測っているのか」ということを考えないといけないと思っています。




《ついでにもう一つ》

もしかして世の中は、学校時代に身に付いた意味不明な習慣をもとに回っているのかな、ってこれを書きながら思いました。

学校にはいるけど何も勉強が身に付いていない人と、会社にはいるけど特に利益に貢献していない人、
本質的には同じなのかな、と今思いました。

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