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10月, 2018の投稿を表示しています

教育ママの根本的な勘違い。受験は楽しむものだ

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こんにちは、こんばんは。 思春期おじさんです。
塾の生徒の保護者さんなんかにも、たまに御熱心な方がいて、 「うちの子は全然勉強しません」 「言っても聞きません」 「先生はどんなふうに勉強しました?」 「どうしたら勉強の習慣がつくでしょう」 「我慢が足りないと思うんです」
みたいなことを相談されたりもするんですね。
僕は一応会社のことも考えて 「まずは机に向かう習慣をつけることが大切です」 「塾の自習室も使っていきましょう」 「補習向けの講座もありますよ」 とか無難に答えているんですけど、
こういうことは本質じゃないなと内心は思っています。 ズレた回答をしている、きっとこれでは解決しないと思いつつも無難なことを言ってしまいます。 一応会社の利益も考えないといけないですし。
本当に自分が思っていることを言うためには人の作った組織にいてはいけないですし、自分が組織を作るくらいでないといけないなと思いますが、まずは第一段階としてインターネットで言っておこうと思って記事にしています。 バレたらバレたでその時はその時かな、なんて考えてもいますが笑 まあクビにはならないでしょう!





《幼い子に時間的展望は無い》
こういうタイプのママさんは大抵、お子さんの将来の為に今頑張ってほしいと思っています。 10代の内に頑張って勉強して、いい大学に入って、いい会社に入って・・・ というレールに乗せる為に頑張って塾の授業料を払ってくれるのです。
でも、当の本人にはその必死さは伝わりません。
因みに時間的展望とは Lewinという学者によれば「ある一定時点における個人の心理学的過 去,および未来についての見解の総体」と定義されています。
すこし噛み砕いていうと、今の自分が想定できる過去や未来の自分の姿という感じです。 今の努力は将来の自分にどのような影響をあたえるのかということがしっかりと考えられる人は時間的展望があると言えます。

そして、一般的に時間的展望は幼い子ほど持っていないと言われています。 これはまあ感覚的にもそうですよね。 小さい子は「今これがやりたい!!」という気持ちが強すぎて「後で困るよなあ」ということがわからなかったりします。
何なら大人だって時間的展望が無い人がいますよね。 絶対に明日困るってわかっているのに深酒して二日酔いになったり・・・
何が言いたいのかというと、時間的展望の…

暗記の”その先”へ。記憶を定着させて広く深い知識をつける方法

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こんにちは、こんばんは。 思春期おじさんです。

受験勉強でも何でもそうなのですが、何かを「覚える」「暗記する」という場面は沢山ありますね。
学校のテストとかも含めて、覚えてないと解けない、或いは覚えたら勝ち、みたいなところはあると思います。 何かを覚えること、知識をインプットすることの大切さは重々承知していますし、むしろ認識が足りないくらいなんじゃないかなとさえ思っていますが、 世の中には覚えたけど使えない知識をいっぱい持っている人が多いように思います。 参考:知識は無駄にならない!発想力を生み出すための教養学習 オリジナリティを創り出せ!教養学習と新奇性の関係は


答えを丸暗記して、テストが終わったら忘れて、応用は出来なくて・・・ という人を山ほど指導してきたのですが、これってすごくもったいないなと。 頑張ってる割に身に付いてないってことですからね。 そして、これはどうやらインプットの仕方に問題があるなと思いつつあって、自分の普段の勉強も振り返りつつその改善法を考えました。
直近のテストを乗り切るための暗記じゃなくて、自分の知的ストックを増やすための暗記。 これを生徒たちの為にまとめつつ、自分の備忘録としても記事にしてネット上に残しておこうと思います。






《「パブロフの犬」の話を聞いて何を思うのか》
突然ですが皆さん、高校とかでパブロフの犬の話って聞いたことありますか?
パブロフの犬とは、犬にエサを与えるときに必ずベルを鳴らすようにしたところ、エサが無くてもベルを鳴らすと犬がよだれをたらすようになるというものです。 パブロフ博士が1902年に発見し、現在では条件反射の喩えとして用いられています。

本来、ベルの音とよだれには何の関係も無いはずなのですが、エサとベルの音がセットでやってくるように何度も提示すると、ベルの音が鳴っただけでエサが貰えると思ってしまうということですね。
中学の理科や高校の生物とかでこの話をちょくちょくするのですが、それを聞いて何を思うのかということがその後の記憶の定着や知識の幅の広がりに影響を与えます。






《用語を覚えたら一般化しよう》
因みになんですが、先程のパブロフの犬の話はその後「古典的条件づけ(レスポンデント条件づけ)」の理論へとまとめられていくことになります。
例を挙げつつ説明します。
パブロフの犬の場合、エサとベルの音をセットにすることでベルだけで…

出来るかどうかわからないのに努力することは難しく、そして尊い

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こんにちは、こんばんは。 思春期おじさんです。
突然すごい嫌味みたいな話で申し訳ないのですが、僕は中学高校くらいまで、「努力したら結果が出るのが当然」と思っていました。
勉強も、バスケも、その他諸々のことも、もちろん頑張ってはいたのですが、頑張れば必ず結果が出ていました。 だから頑張ることに然程抵抗もなく、更にいい結果が出て気分がいいという感じでした。
参考:人生のレールを踏み外した!でも大丈夫、まだやれる でも軽く触れましたが、落ちぶれている奴はシンプルに努力が足りないんだろうと思っていました。 まあ百歩譲っても努力するやり方を間違ってるんだろうと。
しかし、大学入試に失敗して、浪人して入った大学でも留年して、結局中退して、仕事もうまくいかなくて・・・ という経験をして、「自分の努力ではどうにもならないこともある」ということを強く実感しました。






《「頑張ったけど結果出ない」》
そういう「頑張ったけど結果出ない」ことがいくつも重なって、何度やっても失敗する日々が続きました。
もしかしたらというか、もしかしなくても、これが普通なんだと思います。
頑張った人がみんな成功してたら今頃日本は超絶ハピネス国家になっているでしょうから。 頑張っても結果が出ないのは当たり前のことなんだと思います。







《例えば大学受験なら》
例えば大学受験を考えても、志望校に100%合格する方法はありません。
頑張っているのに全然点数が伸びない時期というのは当然のようにあって、定員が決まっているので他の受験生がどう出てくるかによっても自分の合否が左右されます。
模試でずっとA判定だった人が落ちることもあれば、E判定からの逆転合格もあります。
過去問は出来てたのに、よりによって本番で苦手単元のオンパレードということもあります。
仮に全範囲を完璧に勉強して当日を迎えたとしても、体調不良になることもあれば、交通機関が遅れることもあります。
結局何が言いたいのかというと、勉強することで得点力を伸ばす、という所までは自分の努力でなんとかなるのですが、終盤の詰めのところでどうしても「運要素」が入ってきてしまうので、100%合格する準備というのは出来ないのです。
勉強しなかったら合格する確率は0%だったのが、頑張って80%、90%までもってこれるというだけの話で、結局確率論の域から出ることは出来ないのです。







《モチベ…