結局僕は何がしたかったのか


こんにちは、こんばんは。
人生全部が成長期、思春期おじさんです。


色んなことに手を突っ込んではバタバタと動き回っていた僕なのですが、昨日はふと学校も仕事もぽっかりと穴が開いてしまって。
久しぶりに自分の時間が出来たのでゆっくりと小説を読んだりギターを弾いたりしていました。
一日中誰とも話すことが無かったので必然的に自分の声に耳を傾けることになりました。


お前はどうなりたい?
今の生活は満足か?
落ちこぼれのお前に何ができる?

こういった自問自答に陥ることとなりました。
思考の深みにはまってしまった訳です。


《あるブログと出会った》

こうなると抜け出すのは大変で、どうしてもネガティブな方向に行ってしまいます。
「自分史を作る」
これは良いと思ってやってみた訳です。


予想以上に負担のかかる作業でした。
記憶を掘り起こし、感情を呼び起こし、現実と照らし合わせては落胆し。
そういう業の時間となりました。

でもその甲斐あってか、絡まり合った思考が少し解きほぐれた感じはしました。

幼少期から小学校、中学校、高校、大学、フリーター時代、、、、、
思い出を書き出し、仲の良かった人やお世話になった人を思い出し、好きだった音楽を思い出し、そうしているうちに人生の中でずっと考えていたことが明らかになってきました。


人と違うことをしたかった。
変わってるねと言われたかった。
カッコいいねと言われたかった。

それは異性にモテるということではなくて、同性から見ても友人としてカッコいいという意味で。

型破りでありたかった。
常識に囚われたくなかった。

ロックでありたかった。

音楽をやるかどうかは別にして、感情を揺さぶられればそれはロックだと思った。

そう、僕は心に刺さる経験が大好きで、そういった言葉や思考に出合いたくて、自分もそうありたいと願って、無茶なことをやってきたのでした。

手作りの釣り竿で釣りに行った。
廃材を集めて小屋を作った。(失敗した)
徹夜で謎の彫刻を作った。
リレー小説を書いた。
ラジオ番組を作った。(5人くらいしか聞いてなかったけど)
恥ずかしいような拙い詩も書いた。
カードゲーム作りもした。

正しいことよりも、響くことが欲しかった。

そうやってずっと生活してきたのでした。
無駄に見えることをずっとやってきたのでした。
黒歴史というヤツかもしれないけれど、それが何よりも大切でした。



《違う自分になろうとした》

そのはずなのにどういう訳か、18歳、19歳辺りから、”普通に”優秀になろうとしてしまいました。一つ目の大学に入った頃です。
中途半端に勉強ができたせいか、「無茶はこれで終わり。これからはまともに勉強してまともな仕事をする。」と考えました。

今にして思えば日本で一番向いていないと思うのですが、当時の僕は「官僚になりたい」と言っていました。

偏差値競争システムに取り込まれて、この学力なら官僚になれると思っていました。
国家公務員試験の問題を見て、「イケる」と思いました。
なってからどんな風に仕事をするかなんて微塵も考えませんでした。
平たく言えば「受験脳になっていた」ということでしょうか。


本当にその方向で努力できればまだよかったのですが。
生来の考え方とは違うものです。
当然無理がありました。
すぐに体調を崩しました。
結局は鬱病だったのですが、毎日電車に乗っては途中下車し、駅のトイレで吐く、という生活が続きました。

身体中の細胞全部が悲鳴を上げているようでした。



《何もわからなくなった》

ほどなくして大学は退学になりましたが、どうすればいいのか全く分かりませんでした。
当てもなく非常勤アルバイトを続けました。
逃げるように。考えないように。
働いている間は余計なことを考えずに済みますから。

どうするべきかも、どうしたいかもわからなくなっていました。
今の大学に入り直したのも明確な意図があった訳ではなく、ただ何かを変えたかったからでした。
「何かが変わるかも」なんて気持ちで何を変えられる筈もなく、結局はうだうだと過ごしていました。

《変わること、変わらないこと》

それでも日々の雑務をこなすうちに、少しずつ自分を労わる余裕が出てきました。
詳しくは別の記事に任せますが、少しずつ自分の居場所を見つけていきました。

自分を取り巻く環境は目まぐるしく変わりましたし、自分のスキルや能力、得手不得手も変わっていきました。
でも根底にある価値観は変わっていなかった。

”ロックかどうか”が大事だった。
型を破りたかった。
感情を揺さぶりたかった。

結局はそこに行きつきました。


《そう考えると》

今の生活は少しだけロックになってきたかなと思います。
お手本になるようなことがあまりない中で仕事をしていくのは不安でありつつも楽しくもあります。

でもまだまだ全然足りない。
まだ見栄やプライドが邪魔をして言いたいことを言えなかったりします。

やっぱり僕は「変わってるね」と言われたいんですね。
人がやってなさそうなことをやってみたい訳です。

また僕は抗鬱剤の反動で底抜けポジティブおばけになってしまったので、失敗しても「なんとかなる」って思ってしまうんですね。

まだまだこんなもんじゃないと思っているので、これからも壁を壊していこうと思います。


《おわりに》
結局僕にとって大切なのは”ロック”だったんですね。
バンドをやらなくてもロックに生きることは可能だと思います。

最後まで読んでいただいてありがとうございます。
それではまた!


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