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6月, 2017の投稿を表示しています

質問をしない生徒たち~学校外教育の在り方は~

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こんにちは、こんばんは!

僕は五年ほど塾の講師をしているのですが、最近気になることがあります。 それは「質問されることが減った」ということです。

3,4年前は、よく「なんで微分したら傾きがわかるのか」「どうして三角形の内角の和は180度なのか」ということを質問されました。 (勤務時間外に対応していたのでそれはサービス残業という形になっていて困ってもいました笑)

ここ最近はそういうことが滅多になくなりました。

僕としては非常に楽なので助かっているのですが、生徒側としては同じ授業料なのに得る知識量が減っているのではないかと心配しています。

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また、以前は講師のいうことに反発する子も多かったです。 (とはいえ彼らもバカではないので、僕はこういう考えがあってこういう課題を出しているんだということを真剣に説明すればほぼ全ての子が理解してくれましたが) 一度対立して、お互いの言い分を聞いて、納得しあうというステップがありました。



最近はほとんどの子がスッと指示通りに動いてくれます。 とても素直で可愛いですし、授業もしやすく、一度対立するというステップを省略できるのでスムーズに進行できて助かっているのですが、この子たちは本当に納得してやっているのだろうかと不安になりますし、なんだか彼らの主体性を奪っている気がして多少の違和感があります。


(もちろん一学年20~30人くらいの小さな塾ですので、今年たまたまそういう子が集まっているという可能性もあります。全国的な現象かどうかはわかりません。ですので、そういうところもあるんだーぐらいの気持ちで読んでいただければ十分です。)
ただ個人的な感覚としては、良くも悪くも”大人しくなった””従順になった”という気がします。



何度も同じ様なことを言いますが、これは授業の進行上とても都合がいいです。 特に「テストで点を取る」ということに関しては最高だと思います。 講師の解説を聞いて、講師が選別した問題を解き、講師の出す宿題を提出する。 そうしていれば自然と点数は上がっていきますし、実際今の生徒たちも成績が上がっています。
それが塾の役目だと言えばその通りであり、その観点で考えれば僕は十分給料に見合う働きをしていると思います。



僕が心配しているのは彼らの将来です。 中学や高校を卒業して、適切なタイミングで…

シャッター商店街を守れ?~政策課題と問題設定~

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こんにちは、こんばんは!


近年、昔ながらの商店街ってあまり見なくなりましたよね。


日本各地で商店街に入っている個人商店の経営が立ち行かなくなり、閉店しています。 そういうお店が商店街内にいくつか現れると、その商店街全体への客足が遠のき、他のお店も連鎖的に経営不振に追い込まれます。 そうやって空き店舗が増加して、いわゆる「シャッター商店街」と化したところが日本中にいくつもでき、現在に至ります。
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なぜそんなことになったのかというと、簡単に想像がつくのですが、スーパーなどの大規模小売店が増加したからです。
それ自体は別に良いことでも悪いことでもなくて、スーパーマーケットを作るという発想に至った経営者がすごい、それだけのことだと思います。

ただ、長年に渡って地域の暮らしを支えてきた商店街にとっては堪ったもんじゃない。 大手スーパーに対する抗議が日本中のあちこちで起こりました。

政府もこりゃ大変だと法改正や振興政策を講じました。

ここでは「商店街などの中小小売店 vs スーパーなどの大規模小売店」の対立という構図でとらえ、どうすれば中小小売店を守れるか、ということを中心に議論が進められました。


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≪大規模小売店舗法(大店法)≫
1972年、大規模小売店舗法という法律が施行されました。 大店法では、大規模小売店の店舗面積、開店日、閉店時刻などの規制が記述されました。(

ベーシックインカム~機会の平等と結果の平等~

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こんにちは、こんばんは!

突然ですが、平等とはなんでしょうか。 普通に知っている言葉ですが、定義するとなると難しいですよね。

では機会の平等と結果の平等に分けて考えるとどうでしょうか。
機会の平等とは、機会,資格,権利など形式的処遇における等しい取扱いを求めることを言います。 例えば入社試験などにおいて人種や性別等を理由に評価に差をつけない、といった類の平等です。
結果の平等とは、諸個人の社会的相互作用の結果生じた富や社会的影響力の不当な格差を是正しようとすることを言います。 自由競争経済において出来た格差を補うための失業保険や生活保護などがこれに当たります。

皆さんはどちらの方がより大切だと思いますか? どちらも大切であり、絶対的な判断基準をもって甲乙をつけるべきではないと僕は思いますが、社会として、個人としての在り方を考えるきっかけになるのではないかと思います。


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仮想のモデルを使ってもう少し深く考えていきましょう。
例1 Aさんは生まれつき頭が良く、特に苦労もせずに名門大学を卒業し、今では年収1000万円です。 Bさんはとても真面目で努力家ですが、手に障害があり、思うように仕事ができないので年収50万円です。 Bさんに社会保障を与えるべきでしょうか。

例2 Aさんは勉強が得意な方ではないのですが、必死の猛勉強の末司法試験に合格して今では年収1000万円です。 Bさんは自頭はいいのですが努力が嫌いな性格で、辛いことから逃げる癖があり、現在失業中です。 Bさんに社会保障を与えるべきでしょうか。


例3 Aさんは裕福ではないのですが、学問への強い志を持っており、有利子の奨学金を借りて大学に通っています。 Bさんは実家が大金持ちで経済的に苦労したことはなく、とても優秀な家庭教師をつけてもらって名門大学に首席で合格し、特待生となって授業料が免除されています。 これは社会が是正すべき格差でしょうか。また、機会の平等が実現されているといえるでしょうか。



3つのモデルケースを見てもらった訳ですが、いかがでしょうか。
これらはいずれも極端な例ですが、注目すべき争点を明らかにするのが目的なのでこれくらいでいいと思います。 様々なご意見があるとは思いますが、平等の在り方や社会が守るべきものを判断するのは難しいということがわかってい…

ブログ立ち上げました

というより、移動しました。
はじめましての人はこれからよろしくお願いします。
以前から読んでくださっている方、今後ともよろしくお願いします。

基本的にテーマは絞らずに幅広く書いていこうと思いますが、どうしても社会科学系や教育系が多くなるかと思います。(細かな事情は追々説明していきます。)

なるべく読者の皆さんに有益な情報を提供していこうと思いますので、楽しんでいただけたら幸いです。

コメント等も大歓迎です。(とても嬉しいですし、モチベーションになります)

では、今回はこの辺で。